国史跡 土丸・雨山城跡
(つちまる・あめやまじょうあと)
南朝軍と北朝軍が争奪戦を繰り広げた要城として有名な
雨山城。 紀州と泉州を結ぶため戦略上重要であったこの城は、今では南北朝時代の争乱の面影もなく、静かにその跡には雨山神社が残っています。
「土丸・雨山城跡」は、橋本正高(はしもとまさたか)などの武将が、日根荘をはじめとする周囲一円を統治するため、紀州と和泉を結ぶ粉河街道の要衝に位置する本町の「雨山」と泉佐野市の「城の山(じょうのやま)」の二つの峰を結ぶ広い範囲に築いた城で、南北朝時代から戦国時代にかけての城郭の遺構と、瓦や土器などの遺物が、現在も良好な状態で残されていることが評価され、平成25年10月17日付官報で国史跡の指定を受けました。