熊取 四国八十八ヶ所〈阪上水神と四国八十八ヵ所霊場〉

四国八十八ヶ所霊場のいわれ
<阪上水神と四国八十八ヶ所霊場>

大正時代初期に、紺屋地区に阪上亀吉翁が居住していました。

亀吉翁は元来体が弱かったようですが、自宅の井戸の水を付けていると治癒したため、井戸に水神を祀るようになりました。

そして、桜が丘へ続く土手に大師祠を、上下の御山の道沿いに四国八十八ヶ所の霊場に因み、同数の石仏を刻んで祀りました。付近には宿泊所もありました。

この水神の祀られた井戸の水を患部に付けると病気が治るとか、亀吉翁に触ってもらうと体が楽になるというので、大正から昭和の中頃まで、熊取はもとより、泉佐野・貝塚辺りからも多数の信者が参詣に訪れました。

信者はまず阪上家を訪れて加持祈祷してもらってから井戸の水をもらい、それを持って八十八か所を回り、宿泊所で水を飲んだそうです。

一時はたいへん盛んになって、信者が阪上家から八十八か所までの道中、行列が連なるほどであったといわれています。

昭和三十九年の桜が丘団地の造成に際して、御山の道沿いにあった八十八の石仏は桜が丘南斜面の木立の中に集められ、現在も祀られています。